最近ネットを見ると、家事育児をやってる夫セグメントにとってに厳しい記事をよく目にして、ここ1週間なんとなくおなかの底がモヤモヤする気分であります。きっと記事やコメントの中で批判されている内容が、自分にも当てはまることがあって面白くないんだと思います。

特に印象に残ったのは以下の記事です。

育児には積極的なつもりだったが… 妻が家を出た理由

結構、家事やら育児やらやってるつもりだったのに、実は妻から見たときには、爆発するほどストレスがかかる状況だったという話です。自分自身の行動パターンもほぼこの人と近しいため、ここのところ実にそわそわしております。

一方で、この記事に対するコメントに、

 ・「週1飲みに行っといてイクメンとかよく言うわ」
 ・「この程度の家事しかやらなくて積極的にやってるつもりだなんて・・」

なんていうのをよく見かけました。この記事に限らず、家事育児をやっている男の人の話が出てくると、大体この手の批判コメントがついているように見えます。まあネットなんでみんな好きなこと言ったらいいと思うんですが、個人的にはこの手の批判はなんかズレてんなーと思う次第です。

ここでのテーマは、「夫婦二人とも働きながらどうやって双方がゴキゲンに生活して仕事を続けられるか」ということで、「家事育児をどれだけ男がやるようになるか」がメインテーマじゃないわけです。

だから、週1飲みに行って、それ以外の平日も遅くても夫婦として合意できてればうまく行くでしょうし、毎日送り迎えしていてもそれだけでは夫婦として合意できていなければ奥さんに爆発されることもあるわけです。

この辺の話は前に、
働く妻へのリスペクト

・・にも書きました。少し引用します。

——

「仕事は男がやるもんだ」って思ってる人と、「私だって仕事で燃えたい!」って思ってる人が、お互いの思っている事をちゃんと言って、その上でぶつかる部分はどうやって折り合いをつけていこうか考えることがお互いのストレスの軽減になるんじゃないかと。話し合った結果、「よしだったら俺がゆずるわ」、ってなるかもだし、「やっぱりあんたが働いて私が家庭守る方を重めに見るわ」、となるかもしれない。どっちだっていいと思っていて、認め合って話し合うプロセスを経ているかが一番重要じゃないかと思うわけです。

このプロセスを経ても、お互い悩んじゃって決めきれないまま、なんだかんだなあなあで女性の方が結局家庭を見ることになってるかもしれない。でもこのプロセスを経てないことと比べるとお互いのストレスは全然違うんじゃないかと思っています。お互いをリスペクトしているが故に、コミュニケーションが発生し、お互いが同じ悩みを抱えるということなので、何もない状態より相互の信頼感は全然違うと思うんですよね。

——

男が家事・育児をするのが大事なんじゃなくて、それはただの結果で、その前段の相手へのリスペクトとコミュニケーションが大事なんでしょ、といつも思うわけですわ。

——

繰り返しになりますが、きちんと対等の立場で、相手を尊重しつつも、意見をぶつけ合わないといつまでたってもスッキリしない問題なんだろうな、と思います。

男の家事育児参加状況にフォーカスして、それだけじゃ足らんとかそんなんでイクメンを自称するなとか、はたまたこんなにやってもらってるのに文句を言うな、とかそーいうことじゃないと思うんですよね。結局は家庭の中で擦り合わせ、落としどころを決める作業をやろうとしてますか?逃げてませんか?適当にやってませんか?ということなんじゃないかと。

そんなこんなで、男がやっている家事や育児のメニューの数や程度だけが話題になっている感じがしていて、後ろめたさを感じつつもなんとなく違和感を覚えてるんだよ、というお話でした。

それじゃ今日はこの辺で。



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最近のイクメン系記事にモヤモヤ

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