子どもができたばかりのことですが、会社の先輩からこんなことを言われました。

「子どもって面白いよ。顔とかだけじゃなくて性格も自分と同じなんだよな。だから子ども見てると、あーオレってこんなヤツなんだな、って気づきがあるんだよ。」

彼が何を根拠に言ってるかも分かりませんし、今思えば、世の中の親子みんな性格が同じなんてあるんか?とは思うものの、なぜかこの言葉がずーっと頭に残っています。

 

人の性格というのは大人になるにつれてどんどん変わっていきます。その人が経験した事、失敗体験や成功体験、所属している組織や、地位や、友人などの周囲の人からの影響など、ありとあらゆるものに影響されて形成されていくものです。

  • 人見知りの人が、例えばあるとき必要に迫られて何十人もの人に突撃インタビューしてみたら、断られもしたけど、それ以上に人と話したり関係性を持つ事の楽しさを知って、以後、積極的に人と関わるようになったとか。
  • 本当は弱虫で軋轢が嫌いな性格なんだけど、なんか会社で偉いポジションについちゃって、日々発生するタフな交渉を、属する会社や地位の威光も活用しつつ乗りこなしていくうちに、オラオラな性格になってきたとか。
  • 元々は大胆で豪放磊落な人だったのが、とあるときに自分がした判断に抜け漏れがあって、その結果、損害を招いたり、人を傷つけたりして、自分も傷つき、もう二度とこんなことを起こすまいと周囲も認める細かいことにこだわるタイプになったり。

 

生きて行く上でのあらゆることが自分の人格形成につながっていくんだと思います。

だから大人として長年生きていると自分の元々の性格って他人はもちろん自分ですら分からなくなってくる事があると思うんですよね。何がコアの自分で、何が後から塗り重なった要素なのかってことが。

 

転じて、最近ジュニアは、新しいクラスに上がってちょっと保育園に行くのをイヤそうにしています。理由は、上のおにいちゃんたちが、戦隊もののマネをして鉄砲を構えてドンパチやってるのがキライなんだそうです。絵を描いたり、歌をうたったり、パズルをして遊ぶのが好きなのに〜、とぼやいています。もともとこれまでの彼の志向を見ていると、大人しく、どちらかというと臆病なタイプなんですよね。

最初は、ジュニアの様子をみて、「男の子らしく一緒にドンパチするくらいわんぱくに遊べばいいのに」とか「こんな大人しくて大丈夫か」などと一瞬思ったのですが、ふと冒頭の先輩の言葉を思い出したときに、納得しました。「あーー、たしかにオレってこんなヤツだったわ」って。

思い返せば、私自身ちょっとしたことですぐメソメソしていましたし、新しい事に対してはいっつもビクビクしていました。理由なんかありません。そういうタイプだったんですな。そして、冷静に考えると子どもの頃の自分だけでなく、今の自分も、表面の皮をめくればそんなメソメソビクビクした自分がいるなあ、ということも自覚できました。つまり「あーー、今もオレも根っこの部分はこんなやつだわ」っていう感じです。

 

なんかそう思うと、ジュニアの今の様子も微笑ましく見守る事ができます。

「オレも同じタイプだったけど色々経験して、色々な性格のオプションが搭載されたから、お前もこれから経験する事で、お前なりの性格オプションが搭載されるはずだよ、まあ今は楽しく歌ったり、パズルやってたらいいと思うよ」

そんなふうに思えるようになりました。
先輩の言葉に感謝ですな。

というわけで今日はこの辺で。



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子どもを見てると自分がどんなヤツだかよくわかるっていう話