なぜ良くないのかというより、なぜ良くないと自分は思うのかを整理したいなーと思ったので、今日はおもちゃの買い与え方について書きます。

2歳の終盤あたりからジュニアも「これが欲しい」という意思表示がはっきりしてきました。やれアンパンマンのおもちゃが欲しいとか、トーマスのプラレールが欲しいとか、トーマスを買ったら今度はゴードンが欲しいとか。

物欲があるのは人間にとって普通のことだと思うので、なんか人間らしくなってきたもんだ、などと感慨深い感じなんですが、それと同時に最近おもちゃの買い与え方を考えるようになりました。

ジジババたちや、叔父叔母などジュニアを可愛がってくれる人はたくさんいるので、よく物を買ってもらうのですが、私の心の中で、安易な物の与え方になってないか無意識のうちにブレーキが働きます。「これ買ってあげようか」などと誕生日でもない時に祖父母がジュニアに話しかけてる時にも、「いやそれは誕生日に」などと断ったりもしていました。

一方で、ジュニアとトーマスごっこをして遊んでいる時に、話の展開上どうしてもパーシーやゴードンなどのサブキャラの必要性を自分自身感じることもあります。「一回の飲み代もいかないから、今度ちょろっとパーシーも買ってくるか、イマイチごっこ遊びの盛り上がりにかけるし」などと大人の感覚で思った時に、ふとこれはアリなのか?と、祖父母のプレゼントを断ってるくせにいいのかと、自問自答したわけです。

自分の親はいまと比べて物がそんなに豊富ではない時代に育ち、その時代の通念で私を教育してるわけで、生まれた時代が違うジュニアに考えなしに押し付けるのもおかしな話なので、私がおもちゃをホイホイ買ってあげてはイカンのではないか思ってる理由を考えてみました。

1.我慢ができない子になるから

「欲しい欲しい」と言われたときに「しょうがねーなー」と買ってやるというのがどうか、という事になるかと思います。まあこれは、普通に考えて我慢することは苦手になるでしょうな。欲しい物がある、でも今は手に入らないとか、1年経たないともらえないとか、何でもよいのですが無いものは無いんだ、というのを覚えるのも生きていく上で大切なことです。私も「金がない!」といって会社でだだこねる分けにはいかないわけですから。

2.想像力、考える力を使わなくなるから

「欲しいおもちゃが手に入らない」という厳然とした事実を前にすると、ストレスが発生します。でもそこから、じゃあ自分が楽しむにはどうしたらよいかと考えることになるはずです。今まで遊んでたおもちゃを裏返してみるとまた別の遊び方ができた。飽きたおもちゃを2つ合わせたら、また一つ遊びが思いついた、そんなことができるようになってくれればいいなと考えています。

子どもがおもちゃを欲しがるときなんて、ぱっと見の魅力で「欲しい」と思うことがほとんどだと思います。まあ、それが当たり前だと思います。で、いつか飽きるわけですが、次が欲しくなったときに、すぐ次の見た目の魅力に飛び移ってしまうと、なんとなく浅はかな人間になりそうで、イマイチな感じがします。

ジュニアには、すぐに次の物は手に入らないということを受けて、どうすれば手持ちの飽きたおもちゃで楽しめるかを考えられるようになってもらえればと思います。

3.物を大切にしなくなるから

「考え無しにおもちゃを与えると物を大切にしなくなる」というのはよく聞く話ですが、「なぜ物を大切にしたほうがよいのか」を自分なりに考えてみたのですが、物に限らず何かを大切にしている姿って、ふつうにいいもんですよね。友達でも、親兄弟でも、お気に入りのおもちゃでも、動物でも、それがとても好きで、大切に扱って、壊れてもまた直してまた大事にして・・。私が、物を大切にしている人の姿から感じるのは、あたたかさ、思いやり、丁寧、創意工夫、発見、対象への敬意、楽しさ、など考えてみるとポジティブなものばかりでした。反対に物を粗末にしている人の姿から感じるのは、冷たさ、粗暴、酷薄、消耗、枯渇、短絡さ、などネガティブなものが多いです。

ジュニアに「物を大切にする」という素敵なスタンスを覚えてもらうために、親としても、ジュニアが大切にできそうなものかどうかを基準に与えていこうと考えた次第です。

 

以上、いろいろと考えてみましたが、おもちゃの買い与え方なんてデジタルに線引きできるものではないので、上で考えたようなことを大切にしながら都度都度判断していこうかな、と思った次第です。

最後におもちゃの選び方で参考にさせていただいたサイトを紹介します。
おもちゃの選び方 / 子育て応援事典

それじゃ今日はこの辺で。



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おもちゃを買い与えすぎるとなぜ良くないのか