夏に入ってジュニアがちょくちょく体調を崩すようになりました。パパラボ一家では、都合がつく方のおばあちゃんに来てもらい面倒をみてもらうことが多いですが、いつも来られるわけではないので限界を感じることもあります。

そうなると思い当たるのが、フローレンスなどの病児保育なのですが、この病児保育についてまだ踏み切れないでいます。そんな感じで今日は病児保育の話です。

所詮1歳男子、体調はよく崩します。
ジュニアはは都合の良いことにに土日に体調を崩すことが多く、いい時は土日で完治、長くても金曜とか月曜にかかるくらいで親としても対応がしやすいタイミングで風邪をひいていました。でもだんだん3、4日かかる大風邪や、手足口病などにもかかるようになり、付け焼刃の有給では対応しきれず親にどっかり面倒をみてもらうことも増えて来ました。

親も孫を顔が見られるので快く引き受けてくれるのですが、今後働き続けることを考えると、非常時に打てる手は多い方が良いので妻に病児保育の相談をしてみました。

妻は反対、夫は賛成
妻は結構合理的な考え方をするタイプなのであっさり賛成してくるかなーと思いつつ、相談を持ちかけると、どうも妻の反応が良くありません。よくよく話を聞いてみると反対とのこと。理由は、「病気の時に見知らぬ人に預けるのがしのびない」ということでした。

私「やっぱ仕事簡単に休めないでしょ」
妻「うん」
私「万一ジュニアが体調崩しておばあちゃんが来れないときもあるよね」
妻「うん」
私「そんなときに、打つ手が一つでも多い方がいいよね」
妻「たしかに」
私「じゃあ病児保育試した方が良くね?」
妻「でもそれは、ちょっと・・。ジュニアかわいそう」
私「かわいそうでもしょうがないでしょ。働くって決めたんだから」

そんなやりとりをしてた訳です。確かに体調が悪い時はジュニアも機嫌が悪いし、いつもより妻に甘えます。そんな姿を見ている妻からすれば、本当だったら仕事をほっぽり出して側にいてあげたいくらいなのに、人に預けるなんてとても出来ない、預けるくらいなら自分がなんとか休むかせめておばあちゃんに見てもらいたい、ということだと思います

一方私はと言えば、「気持ちはわかるけど、仕事をするって決めてるんだから、病児保育も積極的に取り入れていかなきゃいけないじゃん」とある意味正論で説得しましたが、その場は意見が合わずに終わりました。

反省したこと
そのときの議論は終わったわけですが、しばらく時間をおいてやり取りを振り返ってみました。なんで妻はあんなにモゴモゴしてたのかなーと考えてみると、結構自分にも反省すべき点が出てきました。

自分の主張はあまりにもデジタルで短絡的すぎていて、子どもや妻を思いやる気持ちがなかったなと。たぶん、妻も働きながら子育てをする身として責任ある仕事を続けて行くには、自分なりに最大限働く環境を整えることが必要であることは痛いほど分かっていたはずで、でもそれを超えて母親として、病気の時くらい側にいてあげたい、という思いがあり、その葛藤の中で簡単には答えを出せずにいたのでしょう。

それに引き換え、自分が言ったことは、「働くって決めたんだから、病気のときでも働ける努力をしろ」という、とある立場の一般論を棒読みしたにすぎない主張だったなと、反省したわけです。
こういう話のときに、つい会社や社会の論理で話を進めてしまうのですが、家庭の中の私やるべきことは、バリバリ仕事するWMを増やすことでもなければ、子育てしながら働く文化を日本に根付かせることでもなく、妻がゴキゲンに働き、ジュニアがゴキゲンに育つようにすることなわけです。
大事なことは妻や子どもがどう考えているかであって、自分の考えを押し付けても、何にもならんことを気付かされました。

でも耳が痛いことも言わなきゃいけないときがあると思う
一方で、母親として子どもへの情があるからこそ、決めきれない、判断を先延ばしにしてしまう、ということも往々にしてあると思っています。父親として夫として、ウンウン聞いてるだけではイマイチなので時には、妻にとって耳が痛いことも言わなきゃいけないとも思っています。(前述の通り、言い方伝え方の問題はありますが・・・)

この病児保育問題についても、夫婦で働き続ける以上、避けては通れない問題だと思っています。
(もちろんジュニアが丈夫で病気知らずで育ってくれることが一番ですが。)
また機会を改めて、じっくりこのテーマについて会話をしてみようと思います。



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どうする?病児保育